第三部
針灸に関する新しい解釈
●この章の中に、「刺針とアミノ酸」、「刺針と抗ヒスタミン性と抗アセチルコリン」、「刺針と自律神経系」に関する記述があったのですが、今の科学ではどのようなことが明らかになっているのか調べてみました。その結果、いずれも様々な研究を通して多くのことが発見されていることを知りました。
経穴というもの
●経穴の実態
・経穴を解剖学的に注意してみると、筋肉の間(筋溝や筋縁)や筋に連なる腱の上であるとか、関節や骨の凹んだところ、またもり上がっていたり、皮下にシコリやスジのようなもの、さらに動脈の拍動がよく触れるような部位に存在している。
・『経穴の深さは、どれくらいかというと、これは針を刺していったさいに、それに応じた感覚がおこることによっておよそわかる。まず皮下一定の深さに達するとおこる。そしてさらに深く進めていって再び強く感ずることもある。これは皮下組織(結合織)より筋(特に筋膜のあたり)に至る間に相当する。だいたいにおいて結合織が中心になっているようである。そこで大多数の経穴は、深部は筋に達していて筋にも関連しているものなのであろうと考えられている。いくつかのモデル経穴について解剖学的にしらべてみると、経穴にあたるところは、筋に対して神経の枝と血管の枝とが相ともなって入ってきているところになっていると言っている人もある。』
・『経穴の立体的な構造を想像してみると、筋膜のあたりを底として、上方皮膚面に向かって拡がりをもった摺鉢状(または壺状)のものであると理解されよう。』
経絡について
●東洋医学における経絡
—経絡の意義
・『東洋医学では、経絡は人が生きていくための最も基本になる現象であると見なしている。そして気・血が全身を循環するルートであるといっている。そこで、近代医学の教養を受けた人々には、これは人体の解剖を知らなかった古代の東洋人が神経や血管を混同してこのような幼稚な考え方をしていたものにちがいないと、軽卒に断定されて無視されがちであった。しかし、それにもかかわらず、経絡を重視する考えを、なお捨てきれないことにはわけがあった。それは病気のおこり方や治療に関してこの考え方があまりに実際に即していて、事実をよく説明できたからなのである。そこで経穴というものと関連して、内臓―皮膚―全身に行きわたる機能的な連絡路系として、今日の医学に新たな課題として提供されなければならなくなった。』
●経絡現象
—針の響きによる観察
・『針を刺して、ある深さまで進むと、徐々にまたは突然に、しびれるような電気に当てられたような感覚がおこる。そして、時にはそれがあるきまった方向に流れて行く。この瞬間的な針の響が経絡を示唆しているのだということは古くから知られていた。しかし、こういう感覚は、長く広い範囲にあらわれることは稀であってたいていは一時的で消えてしまうので、それをくわしく調査することはできなかった。
ところが、昭和二十四年の春、筆者は千葉医大眼科で偶然、針の響に実に鋭敏で、一度刺すと全身的にいつまでも放散している珍しい患者に遭遇した。視神経萎縮という。どんどん視力がなくなる悪性の眼病にかかっていた患者で、子供の時に落雷に感電した経歴のある人であった。この人について、ヒビキを丹念にとらえて、調整する機会が得られた。
各経絡を一つ一つ調査するために、手くびと足くびに近いところにある十二の原穴に、それぞれ針をごく浅く刺して置針しておいて、ヒビキのはっきり感じられているところを皮膚の上からたどって調べて行った。一つ一つ記録して、総体的にみると、まったく昔の医書に出ている図や解説と一致していた。それは、むしろ予想を裏切るほどの符合であった。』
・『これ以来、一般に注意されるようになったせいか、こういう特殊な過敏体質の人がつづいて発見されるようになった。』
●経絡の証明
—経絡現象発現の本態
・針の響きというものは、痛いという感じとは違った異常感覚の流れである。ごく弱い電流が流れているような、あるいは風が吹きとおるような、水が流れるような感じとして受け取られている。
・流れの速さは一様ではないが、ともかく、だんだん放散していくのがわかる程度である。明らかに神経に針が直接接触した場合(ピリッとした一瞬の強烈な感じで、毎秒数十メートルというスピードで伝わる)とは異なる。
・針の響きの伝わる速さは、1秒間に1~2センチから速くても数十センチである。
・『経絡現象の発現には、神経、筋肉などが、そのものとして直接関与しているのではないかということが、まずわかる。しかし、針の響は知覚の異常として感知されるのであるから、知覚神経が関与しているということは考えなければならない。』
・『探索器による経絡現象のつたわる速さは、リンパ流の速さと似ているものであるということと考え合わせると、結局、針を刺した皮下の組織液に変化がおこって、これが知覚神経に感知されているのではないかと考えられてくる。そして、そのさい知覚神経ばかりでなく、植物神経にも影響をおよぼすことになって、内臓の機能、血液循環、内分泌機能などにも変化をあたえることになるのではないかと考えられるようになった。』
—筋運動主因説
・経絡の異常と考えられている現象の一種に、皮下の深部筋間にスジのような硬結あるいは、経絡に沿ってもり上がったようになった筋肉の凝りがある。また、特殊過敏者の放散する針の響を皮膚に投影させて記録した中には、線状になっているところや、部位によっては幅広く帯状をなしていて、その部位の筋肉の幅と似たようなものもある。
・刺針により筋に微細な損傷または刺激が与えられると、筋線維の表面に電気的な変動などが起こる。その場合、筋やその周囲が病的な異常状態にあるならば、病的な電位差が調整され急激な変動が起こる。この変動が組織液に伝えられて針の響きとなって感知されているのかもしれない。
・刺針という刺激が加えられない状態での生理的な経絡現象を考える場合、生きている限り、呼吸をし、手足を動かしう、顔の表情も変化するということを考えると、常に筋肉運動が行われているということは明らかである。また、通常の生理的な筋収縮では必ず活動電位が発生している。その際、組織液の移動も起こり、一定の体液の循環路がつくられ、これが機能的な刺激伝導系としての経絡になっているのではないか。
—経水と経筋(体液と電気)
・『経絡現象を筋運動主因性体液路系(藤田六朗氏)として理解しようとする考えの根底は、すでに東洋医学の古典(霊枢)にも見られる。経脈(絡)を「分肉の間を伏行してあらわれぬもの」(経脈篇)と定義しているほか、経水および経筋という比喩的な見解が表明されている(経水篇、経筋篇)。
経水というのは、十二経脈を中国の河川・湖水などにたとえて、気血の流注の状態を説明しようとしているのであって、また経筋というのは、十二経筋という手足の指に起る筋肉の縦系列をグループ別に想定して、これを十二経脈にあてはめているのである。
経水思想は、経絡を気血の流通路と想定しているかぎり当然のことであるが、経筋に関しては、実際に筋肉の凝りが経絡に沿ってあらわれ、また針によって解消することなどから一定の筋肉群に人為的に律動をおこすことができるのであるから、現象的には認識できる見解である。
そして、こういう思想からわりだしてみても、血は体液的なもの、そして気とは筋を主因とした電気的なものという解釈がなりたちそうである。』
・『フランスのモラン氏は、かつて針の現象について、術者と患者との体内におこる電力と、空気中の電力との相互関係を考えた。そして、両足の三里(経穴)を銅線で連結して、特殊装置によって電気の存在を証明し、その強さは健康者で1ミリアンペアの八千分の一、疲労した人では少なく、神経質の人、足に攣縮のあるような人では十五倍であったと発表している。』
・『すべての筋肉が経絡現象に関係するという前提で考えを進めていくと、多くの縦走する筋肉群と、少数の横に走る筋肉との関係が問題になってくる。そして、これに関しては、横に走る筋肉は、深部にあって、縦に走る筋肉群にそれぞれ連絡する役割を果たしているのではないかと想像されている。つまり、ヘッド氏帯(または背部の兪穴と募穴などを結びつける帯状の経絡現象)に見られるような、からだの分節的な横の現象に関連しているのではないかというのである。
また、筋肉には、伸筋と屈筋という二つの作用を異にしたものがある。ところが、経絡には陽の経絡と、陰の経絡とがあって、陽の経絡は胃、小腸、大腸、胆、膀胱、三焦というような「腑」の臓器と関係して表在的であるといわれ、陰の経絡は心、肺、脾、肝、腎、心包というような「臓」の臓器と関係して深在的であるといわれている。この関係を解剖学的に調査してみた結果では、だいたいにおいて伸筋群が腑(陽)の経絡に関係し、屈筋群が臓(陰)に関係しているといわれている。』
—結合織と組織液
・『皮下組織というのは、皮膚と筋(筋膜)とを結びつける目の荒い網のような線維の結合織からなりたっていて、その間隙は組織腔といわれ、組織液が充満している。ここが、針の刺激の対象である経穴の主体である。』
・結合織は発生学的には中胚葉(内外両肺葉の間にできる一対の腔胞)系の組織であって、からだの中心的な位置にある。そこで、からだの全ての細胞や組織の間に行きわたっていて、脳や胃腸その他のあらゆる重要な臓器、器官の細胞を安定状態に結びつけて、組織液とともに組織の緊張状態を一定に保つ役割をしている。皮下組織はもとより、上皮との間の真皮、筋の周囲や間、筋膜、血管壁などにも行きわたっている。
・この組織は同じ中胚葉系の網内皮細胞とともに健康維持に欠くことのできないものであるということが、近年注目されるようになった。
・『結合織の機能の減退は、組織液の浸透、流通の異常となってあらわれる。』
・経穴は多くは筋肉の間であったり、神経や血管の出入りする部位にみられる。
・『組織液の流通と経絡・経穴との関係を調査するために、筆者はかつて多くの健康人体について一つの試みを行ってみた。「ツベルクリン反応が試みられる手のひら側の前腕の皮膚で、経穴にあたる部位と経絡の主流線上になっていて経穴でないところ、および経絡の主流線をはずれた経穴でない点などについて、それぞれ生理食塩水を皮内に注入して、それが完全に皮下に吸収されていく時間を調べてみた。すると、経絡主流線上では経絡外の点よりも早く、経穴部ではややおそくなっているのがわかった。」
すなわち経絡主流部では早く吸収されるのであるから、これによって皮下の組織液がよく動くところが経絡になっているらしいということがわかったし、経穴は、どちらかといえば流れが悪く停滞しがちなところであるということも、だいたい予想どおりであった。』
・『結合織を中心として、内循環系ともいわれる脈管外の通路系というものを考えると、気・血(栄・衛)の流れるという経絡と、経穴の意義が、いっそうよく理解されてくる。そして針灸の作用も、結合織の機能を回復させるものであるということで説明できるようになる。針灸を組織療法と考えるのは、この意味で当たっているし、同時に経絡の機能をよくするという広義の作用も理解される。』
・『針の響による経絡現象の発現は、筋を主因とする説でひとまず説明されているが、実際には筋まで達しないで、単に皮下の結合織に達したくらいの深さでもおこる。こういう場合は、体液的な変化で間接的に筋が刺激されるためであろうと説明(藤田六朗氏)されている。しかし、こう考えたのでは、体液が何によって変化をうけるのかという点が不明になってくる。そうなると、結合織線維そのものが直接関与して、またある程度刺激を感受してこれをつたえる役目をも果たすのではないか、ということも考えなくてはならなくなる。
もし、結合織線維が刺激感受の主体になるものとすれば、全身の結合織系が形態的に経絡系の実体になるという想定が、いよいよたしかめられてくる。といっても、もちろん経絡の走行を解剖学的に規定するものとして、また、機能的な関連において、筋の意義が重大であることには変わりはない。』
感想
『血は体液的なもの、そして気とは筋を主因とした電気的なものという解釈がなりたちそうである。』という長濱先生の一文が今回の最大の発見です。
「“氣”とは電気的なものではないか」以前から「電気」はキーワードであるとは考えていたのですが、長濱先生に後押しして頂いたような気分です。また、今回もAI(Perplexity)の凄さを実感しました。本書の初版発行は1956年なので、69年前ですが多くの考察については、現代科学でも明らかにされていることが確認できました。
“氣とは何だろう”というブログもついに残り1冊になりました。そのタイトルは『生物は磁気を感じるか 磁気生物学への招待』です。交流磁場(電気的に発生させた磁場)については、血行改善作用を支持する科学的根拠が報告されています。(「交流磁場の生体作用の一端を解明し、交流磁場から誘導される電場の可視化に成功」)
「気は血を推動する」という基本に立ち返ってみても、“電気”と“磁気”の2つは、“氣”を探る上で最も重要なものではないかと思います。なお、電気と磁気はマクスウェル方程式で統一的に記述できるそうです。ますます核心に近づいているのではないかと思いたいところです。
ご参考(2025年10月11日):“マサチューセッツ総合病院鍼灸感覚尺度の日本語版:検証研究”
日頃から勉強させて頂いているJNOS(日本整形内科学研究会)のウェビナーで大変興味深い資料があることを知りました。それは「鍼治療感覚尺度」というものです。
この「鍼治療感覚」とは本ブログの中にあった「鍼の響き(ヒビキ)」に関するもので、ヒビキを詳細に分析しようとするものです。
『「鍼治療の効果を生むためには、鍼治療感覚が不可欠であると考えられている。マサチューセッツ総合病院鍼治療感覚尺度(MASS)は、鍼治療の研究において、鍼治療感覚を測定するために頻繁に用いられる尺度である。我々は、Beatonのガイドラインに基づいて、このMASSを日本語(日本語版MASS)に翻訳した。』











